HISTORY

200年以上の伝統と
ドイツ職人の気質が生んだ高い品質と機能

ブランドスタートから 200 年経った今でも、のどかな 田園地帯に本社を構え、昔ながらの家族経営でブランドを運営しています。
この牧歌的なロケーションによって生まれた「Ich bin raus」(イッヒ ビン ラウス ) という唯一無二のメッセージと、
脈々と受け継がれてきたドイツメイドならではの高い品質と機能は、今後もショッフェルの源です。

1804

ニット製品からスタート
帽子やソックスなど伝統的なニット製品を作り始めたショッフェル。高品質の証であった「シュヴァブミュンヘンブルー」は「ショッフェルブルー」として受け継がれています。

1852

霞みゆくブルー
産業革命の波が押し寄せ、ストッキング用の機械が家内工業と手作業を追いやりました。シュヴァブミュンヘンブルーがすっかり色あせてしまった当時、この工業化の変化に対応。従来の移動販売をやめ、1852年には住居兼作業場を構え、店舗販売へと移行。

1961

ズボンが第二の足になる

6代目社長のヒューバート・ショッフェルが1960年にアパレルショップをオープン。 翌1961年には、バイエルン地方の伝統的な革ズボンを扱うシュヴァブミュンヘンの工場が閉鎖されたのをチャンスと捉え、 同年9月には男性用と子ども用のズボンの製造をスタート。新たなアイテムが、ショッフェルの新時代の幕開けとなりました。

1967

スポーツ万歳
ズボンの過剰生産により、窮地に立たされたショッフェルは、再び賭けに出ました。終戦後の基本的な生活物質に対する需要がひと段落し、ドイツ人が再び休暇を楽しみ始め、余暇やスポーツ、健康がブームとなっていたことを察知していたヒューバートは、商品を旧来のものからスポーツ用品へとシフト。登山用のニッカボッカとスキーヤー向けの裾がすぼまったズボンは、大きな人気を集めました。

1976

アウトドアで
快進撃
1974年に、今度はアノンラックに進出したショッフェル。一度綿で裏打ちしてキルティングにしたウィンターアノラックや肩部分に特殊な防護機能を加え、着脱可能なライナーをつけた山用アノラックなど、今では当たり前になっているような改良を施したのだった。また、スキー靴の上から締めるスキーパンツ「サロペッツ」もこの時に誕生しました。

1983

ゴアテックスとの取り組み
衣服にもテクノロジーの時代が訪れた70年代。1976年に発表され、当時まだ無名だった防水透湿素材ゴアテックスの将来性をいち早く信じ、4年に及ぶ試行錯誤を経て、受注もないままに24,000着のアノラックを生産。ショッフェルは大きな成功を収めました。

1995

世界的アルピニストと
共同で製品開発
8,000m峰全14座の無酸素登頂に成功しているラルフ・ドゥイモビッツとガルリンデ・ カルテンブルンナーと契約。 アルピニスト用ウェアは扱わないショッフェルですが、商品開発とテストのために、世界のトップアルピニストと契約しました。 アルペンに求められる機能を誰もが使えるように研究開発しています。

2009

オーストリアスキー
代表チームのサポート
アルペン王国として知られるオーストリアのスキー代表チームの公式スポンサーとして、レーシングスーツをデザイン。また、アルプスにおける120以上のスキースクールをサポートするなど、スキーの普及活動にも積極的な取り組みを行うなど、ドイツではスキーのトップブランドとして名を馳せています。

2010

ドイツ警察のオフィシャルウェア
丁寧で高機能なモノづくりが高い評価を呼び、ドイツ警察のオフィシャルウェアとしても採用されることに。また、スイスの総合馬具メーカー「フェリックスビューラー」と乗馬パンツをコラボするなど、アウトドア、スキー用品以外にも活躍の場を広げています。

2015

日本上陸
2015年9月に満を持して日本へ進出!
東京・名古屋・大阪の主要都市に、3店舗を同時にオープンさせました。

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